私が英語を話せるようになるまでの3285日~英語に関するProfile~



こんにちは!ズボラなチキンことCarriEです。

英語が楽しく話せるようになる人が増えてほしい、という思いから、英会話関連の記事をアップしています。

でもきっとそもそも疑問が出てくるはず。

偉そうにこの人英会話できるようになるには?って語ってるけど、そもそもこの人ちゃんと話せるの???

そうですよね。英語に関するプロフィールを今までつけていませんでした。

正直言って英語部分だけ切り取って書いても、かなりの凡人です。

ですが、凡人が逆に誰かの励みになるのではないかと思うので、包み隠さず紹介したいと思います。

かなり長いので、英語を話せるようになるポイントをかいつまむなら、大学3年生以降からお読みください。

照り子
目次をクリックしたら飛べるよ

中学1年生:英語との出会い

すっごい凡人。普通に義務教育で初めて英語に触れた。

それまで、ウッブな私は英語が何かもいまいちわかっていなかった。

いざ、英語の授業が始まると「ナニコレ?」って感じで。

でも、新しく知らない言語に触れたことが嬉しくて、母曰く、家でも覚えた言葉を使っていたそう。

ズボラなチキン
使うって言っても当時は初歩の初歩である”What is this?”みたいなもんだよ

だんだんと授業が進むうち、使える言葉が増えていくのが単純にうれしかった。

定期テストは教科書から出なかったから、単純な私はすべて丸覚えで対応した。

そうしたらみるみるうちに点数が上がり、90点台ばかりになっていた(英語だけね)

点数が上がり、【得意科目】となると、やはり【好き】という感情が芽生えてきた。

中学2年生:行きたい大学は○○外語大学

母は私の英語好きを私より先に見抜いていた。「もしかしたらこの子は英語関連に進むのではないか」と。

そうしてある日、私にある外国語大学のホームページを見せる。

「こういうのはどう?留学も1年間できるって!」

当時の私は、またもやウッブだから、大学ってものが実際どんなのか、行くものなのかも全く分かっていなかった。

でも、ホームページを見て私の口から出てきた言葉は「行きたい」だった。

留学してみたい、その一心だった。

こうして私は志望高校を決める前に志望大学を決めた。

中学3年生:志望高校も決まる、初の塾通い

志望大学の方が早く決まった私だったが、志望高校も簡単に決まった(行きたいというところが見つかったという意味で)

その志望高校を決める基準もまた【英語が強い学校に行きたい】だった。

行きたい志望校は2つあった。一つは私立、もう一つは公立。

私立とはいえど、英語の成績的に特待生が狙えるところだった。

私立は半年の留学、公立には2週間の留学プログラムがあった。

結果私は公立を決定した。

照り子
留学短いのに?
ズボラなチキン
制服が公立はクッソかわいくて、私立はクッソださかったんだ笑

受験勉強は、英語は苦にならなかったけど、理数は本当に苦労したな~。苦手意識が半端なかった。

だからこの時すでに、「大学は私立でおなしゃす!」って親に言ってたw

ズボラなチキン
私の行きたい大学は、国語と英語だけで入れるところだったからね

高校1年:初の海外オーストラリアへ!!

結局私は志望した公立高校に入学。早速1年の夏に2週間の語学研修プログラムがあった。

もちろん応募。事前学習なんかもやってくれたな~。

ノウハウもわからない中、なんとかパスポートを取得して、出発。

ズボラなチキン
残念ながら初の海外なのに、空港までどう行ったかも何も覚えていない

今まで私は教科書の英語しか知らなかった。

それにプラスすこーしだけオーラルイングリッシュという、ALTの先生が来て授業してくれることがあったが、週1もなかった。

だから、実質「英語を話す」という事は初めてだった。

初のホームステイ、涙を流した1夜目

そんな「生きた英語」を話したことがない私だったが、この語学研修プログラムでは「1人1家庭」でホストファミリーのもとに滞在することになっていた。

カタコトの英語でホストファミリーに出会い、家へと連れていかれる。

そこは4人兄弟のいる大家族だった。

異文化に出くわしたのもこの日が初めてだった。

この家では、料理にほとんど味付けがなく、皆自由にソルトとペッパーで味付けをし、無言で食べていた。

日本人感覚が捨てられない私は、料理してもらったものに味付けをすることに抵抗があり、

ほとんど味がついていないものをそのまま食べた。

オーストラリアなまりでほとんど英語も聞こえない中、ようやく1日を過ごし終わると、

あと2週間もあることが不安になり、泣けてきた。

これが、「ホームシック」というやつだろう。

家族の人はみんないい人だったのに。

ズボラなチキン
今でも覚えてる、「コンセント」が英語だと思って必死に尋ねたが、まったく通じなくてあたふたしたな~笑

結局楽しく過ごせた語学研修

1日目は泣いてしまったものの、学校に行けば同じ学校の子達と授業を受けていたし、

だんだんオーストラリアなまりにも慣れていった。全然、話せなかったけれども。

カタコトながらコミュニケーションをとり、最終日ではホストと別れるのがつらくて泣いた。

ズボラなチキン
ただ、2週間だけだったのに無性に日本食が恋しくなり、しばらく海外はいいや、とおもったのを覚えてる。
照り子
わかってほしいのは、私も話せなくて悔しかった時代が結構長いってこと

高校2年:修学旅行でオーストラリアへ

この高校を選んだもう一つの理由が、「修学旅行が海外」だった。

またしても行先はオーストラリアだったが笑。

今回は2泊ファームステイだった。人数が多いので二人一組で1家庭だった。

この時も英語は乏しかったが、同級生からはあてにされた。

そして、強く思うようになる「やっぱり話せるようになりたい」と。

高校3年生:志望大学決定

指定校推薦GET!

部活動も引退し、いよいよ受験勉強…となるのだが、私は入学時から決めていることがあった。

照り子
受験勉強絶対嫌やから指定校推薦死ぬ気で狙うど!

というわけで、普段授業ではうるさいと怒られながらも、ちゃっかり定期テストだけは猛勉強し、見事に予定通り指定校推薦枠をGETした。

照り子
優等生の子に恨まれたよ~ あいつふざけてんのになんで推薦なんだって。その子も公募推薦で受かったけど、口きいてくれなかったな~

塾の代わりにと通わせてもらった英会話学校

周りは大学受験のために塾に通っていて、私は早々指定校が決まっていたので、

親に「英会話学校に通って外大入ったときに遅れないようにしたい」と懇願。

約30万お金がかかることもおかまいなしに、無理やりお願いした。

暇だった私は通いまくり、クラスレベルも全くの初心者からある程度話せるレベルまで4クラスほど1年弱であげることができた。

大学1年生:周りは留学志望者だらけ

ここから、今までの環境とは一変する。

そう、外大だけに、みんな留学を目指していたのだ。

1年のころから当たり前のように、こんな会話が飛び交っていた。

(友人)
いつ留学いくん~?2年?3年だと就活大変かな?
(友達)
俺は二年留学狙いたいなー

ってな感じで。焦る焦る。

当時部活動もしていたが、周りに合わせてTOEFL(留学に必要なテスト)は定期的に受けるようにしていた。

ズボラなチキン
当時はだいたい460点くらいかな~

大学2年:交換留学決定

留学志望者向けのクラスも積極的に受けて英語漬けの日々にし、交換留学の権利を得ることができた。

8か月間。行先はカナダとオーストラリアを希望に出していたが、結果オーストラリアになった。

ズボラなチキン
3度目の海外。すべてオーストラリア笑

学校のレポートにいそしみながら、この頃は友達と遊ぶことや彼氏とのデートに夢中だった。

ズボラなチキン
遊びながらでも、同じく留学希望の彼氏と、英語で話したりして練習もちゃんとしてたよ

大学3年:オーストラリアへ留学

いよいよ、中学から夢見ていた留学へ。

大好きな彼氏と離れることが嫌すぎて行きたくなくなくなってすらいた。

でも、行くからには話せるようにならなくては。という思いだけは強かった。

当時掲げた留学先での目標

現地出身だと勘違いされること

ズボラなチキン
現地出身と勘違いされるってことは、相当流暢に、きれいな発音で話せなければならないからね

ホストファミリーは留学生を受け入れることに慣れているすっごく優しいクリスチャンの一家だった。

私のほかに2人ドイツの留学生がホームステイしていて、家族と私を合わせて9人だった。

留学するなら確実にホストファミリーがおすすめな理由

始めは現地の友達なんていなかったが、ホストファミリーは本当にフレンドリーだった。

まだそんなに話せない私にも積極的に話しかけてくれ、仲良くしてくれた。

いちばん先に仲良くなったのは当時8歳の女の子。

一緒にお菓子屋さんにお菓子を買いに行ったり、チャリでサイクリングしたりと遊び回った。

ズボラなチキン
生きた英語を学べるし、積極的にリビングで話しかければ、英会話実践し放題だよ

1日の終わりにはホストパパが1日がどうだったか聞いてくれ(How was your day?)、

ママもゆっくり話してくれた。

週末は社交性の高いホストファミリーだったので、常にお客さんがいた。

そうやって見知らぬ現地の人と話す機会が増え、徐々になじんでいった。

留学6か月目、大好きだった彼氏に振られる

ココが一番の転機でした。この語7年以上苦しむことになります。笑

英語の勉強も順調に進み、英会話力も上がり、ドイツ人の子と2人で旅行行けるくらいにまでなってました。

そんなときです。振られたのは。

もちろん、泣きに泣きました。

そして、強く思いました。

ズボラなチキン
大切な人まで失った今の私に残るのは英語力だけだ。

中途半端で帰ったら、何のために大事なものを失ってまでここに来たかが全く分からない。

死ぬ気でやる。絶対目標(ネイティブに間違えられること)を達成して見せる

と。

そこからは、日本人の友達とつるむのも控え、

「日本語禁止週間」を作ったりもした。

この頃は、日本語をしゃべることが嫌になっていた。

今まで以上に積極的に英語を使った。

留学7か月目:ネイティブに間違えられる

英会話力が順調に伸びていっていた私は、あるウェディングに参列する。

その時、オーストラリア人夫婦に「オーストラリアで育ったんじゃないの!?」と驚かれた。

嬉しかった。目標を達成した瞬間だった。

とにかくオーストラリア英語を真似していたから

「アクセントがオーストラリアだね」と言われたのもさらに嬉しかった。

ズボラなチキン
日本に帰ってからも、何度か帰国子女に間違えられてうれしかったなあ。やっぱ、死ぬ気で頑張ることと、マネすることが大事だよ

留学終了、TOEICは810点

涙涙のホストファミリーとの別れを終え、帰国した私は人生初のTOEICを受けた。

ズボラなチキン
今思えば、留学前に受けて違いを出しておけばよかったなあ。。。

でも、確かに感じた変化は、TOEFLのリスニングをとってもTOEICをとっても、リスニングで読み上げられる問題がすっごくゆっくりに聞こえたこと。

やっぱり、普段から英語を聞いていれば、慣れて、早く聞こえなくなるのだ。

照り子
早く聞こえなくなれば、しっかり聞き取れるので、結果的にリスニング力が圧倒的に上がるよ

海外営業アシスタントとして商社に就職決定

TOEIC810は個人的にそこまで納得していなかったが、就活ではかなり褒められた。

ただ、英語を使う機会が少ない会社を受けると

(面接官)
そんなに話せるならウチじゃ物足りないんじゃない?

と、逆にマイナス効果になることも。

そんなこともあったが、無事に英語力を認めてくれる会社に内定した。

入社2年目、いじめが転機となる

新入社員1年目は順風満帆だった。

先輩にかわいがられ、プライベートでは毎月のように旅行をし(当時実家暮らしで余裕があった)、THE社会人を満喫していた。

ことが変わったのは、2年目を迎える冬である。

私をかわいがってくれていたK先輩が、ご飯に誘ってくれたので、素直に行くことにした。

K先輩とは出身大学が同じだった。

(K先輩)
このあとカラオケ行こうぜ!

先輩とは普通に仲が良かったので、ついていった。

すると、カラオケの部屋を暗くされ、告白された。

(K先輩)
俺の告白嬉しいよね?ね?

K先輩は既婚者で、奥さんが妊娠中だったため、私は

ズボラなチキン
奥さん大事にしてくださいね!

と丁重にお断りした。

その翌日から、会社の空気は変わっていた。

関係のない仕事を振られたり、私の上司がいないところで嫌なこと言われたり…

すべてK先輩が仕組んだことだった。

取り巻きの女の先輩たちもかわいがってくれていたのに一変した。

当時K先輩のTOEICは830点。ごくわずかに負けていた。

○○さんって英語話せるけどさ、TOEICは僕の方が上だからね

この一言に火が付いた。

ズボラなチキン
なんでこんなクズ男に負けなあかんねん!

TOEICで900点を超えることを自分に誓った秋

それからは、仕事が終わるとカフェかジムの空きスペースに行き、ひたすら勉強した。

目標は2か月後のTOEICテスト。900超えるまでこの戦いはやめられない。

私が具体的にしたTOEIC対策

★リスニング⇒TOEICリスニング教材のシャドウィング

★リーディング→洋書を読みながら会社に行く、TOEICリーディング対策本を読む

★文法→文法1冊間違えなくなるまで永遠に演習

TOEIC人生2回目結果:895点

ズボラなチキン
あ…あと5点だったのに…

リスニングは満点だった。

でも、何をいえど、私の目標はあくまで900点。

5点低くても未達は未達。

再度TOEICを申し込み、同じく猛勉強

ズボラなチキン
う…受かった…泣

こうして無事にTOEIC910点を獲得し、自分との戦いも、K先輩との戦いにも幕を閉じる

照り子
少人数の会社でのいじめに耐えられず、結局この後退職しました

凡人がネイティブに間違えられ、TOEIC900点越えしたのは地道な努力だった

今でこそ「英語があるから強みだよね」とか、

「英語話せるのすごいね」なんて一目置かれるようになった。

でももとは、英語も義務教育からで、話せるようになるまでに8年くらいかかっている凡人なのだ。

8年もかける必要はない。

楽しく、丸覚えしながら学んでいけば、その1/3以下の時間でしっかり話せるようになるはずだ。

だから、英会話を学びたい人は、【楽しく】学ぶことをお勧めします。

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ズボラなチキン
独学もいいけど、OUTPUT(英語を話す場))があるほうがより早く伸びるよ。

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ABOUTこの記事をかいた人

取り柄=英会話。【毎日が楽しい】人生を追い求めて2●年。【職歴】海外営業→英会話講師→広告営業→事務で今に至る。【仕事=楽しい】を探し続けた結果、ライターになりたいことに気付く。現在は会社員の傍らブログの更新、ライターとしても活動しようと模索中。 決断に困ったときは【1年後死んで後悔しないか?】自分に聞く。